人生は勝ち負けじゃない。
『人生は勝ち負けじゃない』
そんな言葉を聞いた時、
あなたはどう感じるだろうか?
「うわべだけの言葉だ」
「キレイごとだ」
「偽善者の常套句だ」
感じ方は実に人それぞれだろう。
たしかに人生は不公平だ。
各々思うところもあるかもしれない。
だが僕は言いたい。
「勝ち」か「負け」か、
そのたった2通りでしか測れない人生なんて悲しすぎる。
だから僕は言いたい。
「勝ち」か「負け」かの2通りだけが人生じゃない。
人生は…
…
……
………
「勝ち」か「負け」か「思い出し負け」か、の3通りである。
少し昔話をしよう。
それは遡ること約(ピー)年前、
この不肖ゲバラがまだ中学生だった頃のことである。
当時、「野球部内のヲタク派閥の中の下の上」という、
なんとも説明の難しい中途半端かつ泥濘たる地位に甘んじていたゲバラ少年。
当然、別マや少コミのような甘酸っぱい展開が訪れる気配すらなく、
来そうで来ないテトリスの長い棒をただ漫然と待ち呆けるような日々を送っていた。
そんなテトリス以外何も積み上げるもののなかった彼の生活に、ある日突然衝撃が走る。
時期は2月。
察しの良い方ならもうお分かりだろう。
そう、
乙女のピュアな恋心で、冬の寒気を2人の歓喜に変えちゃうゾ❤的な1年1度の脳内お花畑イベントこと、「❤セインツ・ヴァ~レンタインディ❤」である。
当然、別マも少コミもちゃおもりぼんも縁遠い青春を送っていたゲバラ少年には、
これっぽっちも関係のないイベントなのだが、
時としてなんの関係もない第三者すら巻き込むのが神の気まぐれというもの。
当時の僕もまた、そんな残酷な気まぐれに巻き込まれてしまった尊い犠牲の一人だった。
「なんか4組の〇〇がバレたらしいぜ!」
どうやら今年も例の如く、
小判(チョコ)を懐に忍ばせて学校に持ち込み、
城主(教師)の目を盗んで忍者(好きな男子)に手渡そうとしたくのいち(マセた女子)が大量発生したらしい。
そしてくのいちは頭がイマイチなので、
チョコ同様、形だけは計画を練るものの、
実際はほぼ輝かしいゴール(交際開始)のことしか算段に入っておらず、
次々と城主(教師)の手の者(主事さん)に捕らえられ、
夜な夜なその荒縄の餌食となった。
そして訪れたXデー。
それは一週間で唯一野球部の練習が休みだった火曜日のこと。
朝、家を出る時点から「はやくスパロボのつづきがやりたい」以外の感情を失っていたゲバラ少年。
当然、元からない集中力が更に切れる3時間目辺りから、
頭の中は「いかにしてWガンダムの火力を引き上げるか」で一杯である。
そんなゲバラ少年の耳に火急の知らせが飛び込む。
くのいちが多すぎるというあまりの事態に城主(教師)たちが業を煮やした結果、
5・6時間目の午後の授業をまるまる使っての、
「緊急くのいち晒し上げ集会」の開催が決まったのである。
知らせを聞いた瞬間、膝から崩れ落ちるゲバラ。
なぜなら彼は知っていた。
明確なゴールがないこの手の集会が高確率で間延びすることを。
本来犯人であるくのいち達がなぜか泣きわめき、
チョコを渡されただけの忍者(男子)達まで道連れ状態で晒し上げに合い、
その酷い光景を生き証人としてただ黙って見せられる非モテ文化系たち。
目に浮かぶ地獄絵図。
遠ざかるWガンダム。
蹂躙される貴重な火曜日。
まさに絶望の三面鏡。
こうして、
叱る側、叱られる側、立ち合わされる側、
その場にいる人間が誰一人として得をしない、不毛を極めた会合への招待状が届いたのであった。
そうこうする間に時が満ち、もはや死んだ魚の目で臨むゲバラ。
いそいそと体育館に移動し、教室から運ばされた自分の椅子に座る。
ほどなくして城主たちからくのいち及び忍者たちへの責め苦が始まる。
「それじゃ、学校にチョコを持ってきた女子とそれを受け取った男子だけその場に立って」
一斉に立ち上がるくのいちと忍者。
その人数はゲバラの想定より割と多く、
その事実が多感な思春期のメンタルを密かに傷つけたことはいうまでもない。
にしてもむごい、むごすぎる。
これが教育の現場に立つ者のやることか。
ゲバラの心の金八が、泣きながら髪を耳にかけなおす。
冷静に辺りを見回すと、
立ちながらなぜか少し誇らしそうな一部の忍者。
近くで嗚咽を漏らして泣きじゃくるくのいち。
全てを諦めて座ったまま眠りにつく文化系。
そして前方からはハートマン軍曹並の城主の言葉攻めがつづく。
(ただチョコを持ってきただけでそこまで言うか)というレベルの、
よもや人間性すら否定しかねない辛辣な罵声がつづく。
ただ座って場を静観している文化系も、
集中力が切れて油断したかというところに、
「あなたたちが勝手なことをしたせいで、これだけの無関係な人達がここに呼ばれています」
…みたいな城主の第三者巻き込み型叱責でハッとさせられる。
(なんだこの時間…)
誰もがそう思ったことだろう。
そうして摩耗する精神と薄れゆく意識の中で、
ゲバラはとうとう見てはいけないものを見てしまう。
「うっ…ごめ…わたしのせいで…ヒック…」
『あ、別にいいよwホラ、黙ってないとまた怒られるよw』
なんと、失意に暮れてなきじゃくるくのいちを、
おそらく彼女のチョコを貰った、つまり彼女に巻き込まれる形でその場に立っていた忍者が、
こともあろうに彼女を優しく慰めていたのだ。
率直に言って、にわかに理解しがたい光景だった。
(なぜだ?なぜそこまで寛容になれる?)
サッカー部で僕同様、中の下の上に位置していた、
決してお世辞にもイケメンとはいえないその忍者を見ながらかつての僕はそう思った。
そして、そんな得体の知れない違和感に包まれながらなんとか地獄の会は終わり、
バレンタイン事件はひとまずの決着を見た。
その後、一連の出来事を忘れたい一心からか、
何かに急かされるように走って帰路についたゲバラ。
そして先日この話をふと思い出した時、
齢二十歳を優に超えた今の僕はこう思った。
あの時、
目立った問題を起こさず、着座して叱られるくのいちや忍者たちを静観している自分のことを内心「勝者」だと思っていた。
しかし、本当の勝者は座っていた僕ではなく、
無実の罪で立たされながらも、
自分を巻き込んだくのいちを大いなる心で許したあのサッカー部のバカ忍者だったのではないだろうか。
その場では勝った気でいても、
いざ後になり振り返ってみて初めて「あぁ、あれは負けていたのか」と分かる不思議な実感。
この感情こそ「勝ち」でも「負け」でもない人生第三の視点、「思い出し負け」なのだろう。
こうして今でこそ分かったあの違和感の正体も、
当時の僕には想像の付かない事であった。
あの日の夜、長時間やりすぎだと叱られ、ふてくされながらスパロボの電源を切った。
布団に転がり込み、おもむろにケータイを開きテトリスの画面を呼び出す。
やはりこの日も、長い棒はなかなか来なかった。