シングルボーイ下位時代

しょっぱいドルヲタが細々と喋ります

雰囲気で喋るな

昔から「なんとなく面白い」が嫌いだった。

 

思えば僕は昔から部屋もカバンも財布も汚い癖に、なぜか自分の思う「笑い」にだけは、マメで真摯で実直でいようとする謎のこだわりを持っていた。

 

加えて変な所でシャイなため、勢いやテンションや大声や動きで取る笑いに苦手意識を持っており、その反動からか歪んだ『センス信仰』のような物に陥った。

 

冷静に考えれば、芸人を目指して養成所に通っているわけでもないのに、ここまでやたら変に笑いについてこだわるのもおかしいというか、客観的に見てサムかったりイタかったりするのもなんとなく分かるのだが、それでも僕は自分の好きな「笑い」の形を崩したくなかったし、たとえKYだの協調性がないだのと言われようとも、自分が「面白い」と思った場面以外では極力笑いたくないというのが偽りない本音だった。

 

そのため僕は昔から「雰囲気で起こる笑い」のような物を感じると、なぜだかそばで聞いてるだけで自分がスベっているように恥ずかしくなり、背筋がゾワゾワする特異な体質を持っていた。

 

「周りが笑ってるから合わせてとりあえず笑う」みたいな空気が苦手だったし、そんな場に居合わせる度に(お前らちゃんと自分の頭で面白いか面白くないか考えてから笑え!)と謎にイライラしてしまうのであった。

 

ゆえに集団で喋っている時の僕は気付くと軌道修正役になっていることが多かったが、傍目から見るとやや損な役回りにも思えるそのポジションも、僕にとっては本棚の漫画を巻数順に並べ替えるようなちょっとした達成感があり、気付くと僕は目の前の笑いをキッチリ整えることに人知れず快感を見出すようになっていた。

 

誰かのボケが上手く周囲に伝わらず浮遊している時などに、説明を兼ねた細かいツッコミをスッと入れることでそのボケの息を吹き返させ、改めて場を成立させた時に堪らない充足感を得るような、分かりづらい変態性を育んできた。

 

これはそんな僕が牛丼屋に出向いたある日のこと。

 

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お昼時のピークタイムで店内は満席。

今から他の店に行くのも面倒だと考えた僕が少し待っていると、やっとカウンター席が一つ空いた。

 

席に座り注文を終えると、先に隣に座っていた男子大学生2名の会話が耳に入ってきた。

 

「いやーでも、やっぱ去年のアニサマ最高だったわw後ろの方だったから超騒げたしさw」

 

『マジでかw』

 

そんないかにも大学生らしい会話が聞こえてきた。

昔の僕ならここでしれっと違う席に移動しようとしたところだが、さすがの僕も人並みには大人になっている。

多少賑やかな大学生が隣にいようと特に気にせず、ただ黙々と牛丼を食らう。

そのくらいの年相応の落ち着きは持ち合わせたつもりだ。

まぁ仮に移動しようにもそもそも他の席が一つも空いていないので無理だったわけだが。

ともかくそんなこんなで、僕はぼーっと一人でスマホを触りつつ自分の頼んだ牛丼の到着を待ちながら、隣にいたやや賑やかな大学生二人の会話になんとなく耳を傾けていた。

 

 「それでさぁ、隣にいた奴が超荒れ始めてさwプラチナのイントロが流れた瞬間に『catch you catch meやれー!!!』とか叫び初めてさwでも結局プラチナでも飛ぶみたいなw」

 

『マジかよw』

 

「んでその後さ、〇〇(アニソン歌手?)が歌い終わったら前にいた奴らが一斉に帰って超見やすくなってさ!もうそこから俺も超飛びまくりみたいなw」

 

『マジかよw』

 

そんなテンションに見合わない薄い話と薄い相槌という、精進料理に精進料理をかけて食うような虚無な会話が実に男子大学生という感じで良かった。

 

こうして物言わず内心上から目線でこきおろしている僕だったが、(きっと周囲から見た大学生当時の僕も今の彼らのような虚無トークを日々楽しそうに喋っていたのだろうな)と思うと、なんにも面白くない話を実に楽しそうに話す彼らにもどこか愛しさを感じた。

 

きっとこうして人は大人になっていくのであろう。

冒頭で散々「こんな笑いが許せねぇ」とトガった若手みたいなことを書いていたのが今更恥ずかしくなってきた。

 

ともかくそんな少し奇妙ながら暖かい時間が流れていると、ほどなくして僕の注文した牛丼が到着し、ようやくの昼飯と相成った。

 

「…うん、美味い」

 

庶民派のゲバラの舌は今日も謙虚だった。

間違っても変なブルジョワジーに染まることなく、目の前のちっぽけな幸せを噛み締める。

 

「美味いなぁ、」

 

無意識のうちにリアル孤独のグルメ状態突入。

そうして無言でひたすら食べ進む。

 

ちなみに僕は牛丼の肉とご飯をキレイに一緒に食べきりたいタイプで、どちらかが多く残ってしまい最終的に単体で食べて無理矢理帳尻を合わせるようなパターンが嫌いだった。

 

そしてこの概念を勝手に「牛丼の歩幅」と呼んでいた。

陸上競技の幅飛びよろしく、右足と左足の歩幅を合わせ、最終的に両足を合わせて大きく跳躍するまでの流れにどこか似通ったものを感じたからだ。

 

今日も肉とご飯の歩幅調整は順調だった。

そしてこのまま完璧に食べきるビジョンがどんどん鮮明になってきたその瞬間、しばらく静かだった隣の大学生たちが再び賑やかに喋りだした。

 

大学生A「ってかさー、こないだカラオケ行ってさー」

B『はいはい』

ゲ(…)

A「あのーあれ歌ったんだわ…あのーなんだっけ…」

B『え、なになに?w』

ゲ(…)

A「あ、あれ!あれのやつ!プロジェクトXのやつ!」

B『あーはいはい!あれね!』

ゲ(…)

A「そうそう!鳥居みゆき!」

ゲ(…ッ!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あまりの衝撃に僕の箸は止まった。

 

(もしや高度なボケか?今の大学生の笑いってそこまで先鋭化してるのか?いや待てさすがにそんな訳ない。すぐもう一人がツッコんで訂正するだろ。)

 

 

B「あぁ、鳥居みゆきね!」

 

(お前もボケかーーーーーーーーーー!!!!!)

 

 

ここで僕の意識は完全にこの二人の会話に奪われてしまった。

残り少ない牛丼の味を堪能しようとすればするほど、ボサボサ頭にパジャマ姿の女が素っ頓狂な声を上げてバットを振るジェスチャーをする光景が脳裏に何度もフラッシュバックした。 

しかもこのバカ大学生2人の暴走はここで止まらない。

 

A「あれなんだっけあの曲名…あ、そうだ!『銀の龍の背に乗って』だ」

 

もはやこの会話には何一つ正しい情報がなかった。

そして半ば予想していたものの、一縷の望みをかけてBのリアクションを待っていると、

 

B「あ~はいはい。あの曲ねw」

 

やはり期待したこっちがバカだった。

 

(言いたい…早く1から全てを訂正したい…)

 

過去数々のクロストークを軌道修正してきた口が考えるより先に疼き始める。

 

(いっそもう食い終わって出て行ってくれ)という願いもむなしく、2人の会話は偽りの共通理解を得たことで更に加速し、

 

A「でさ~、もうなんかほぼネタなくなったから鳥居みゆき入れたら超ガイドボーカル強くてwもう歌わないで機械にコール入れちゃったからねw鳥居みゆきにw」

 

B「マジかw」

 

(マジかはこっちだわ…)と頭を抱えながら聞こえないように呟く。

気付くと牛丼は味が分からなくなり、肉とご飯の歩幅もめちゃくちゃだった。

 

(言いたい…「君らが言ってるのって中島みゆき地上の星だよね?」って爽やかに言いたい…)

 

僕はずっと悶々としながら一度トイレに立った。

そして用を足し終え、(このあと席に戻った時、もしまだ二人があの話をしていたら、勇気を出して訂正しよう)と決意を固めて扉を開けた。

そして改めて自席に戻る途中で、あることに気付いた。

 

二人はもう帰っていた。

 

きっとあの二人は今後一生プロジェクトXのテーマソングは「銀の龍の背に乗って」であり、それを歌っているのは鳥居みゆきだと勘違いしたままの人生を歩んでいくことだろう。

 

僕はといえば、ここまで散々「軌道修正が得意です」などと自慢した挙句、大きく軌道の逸れてしまったあの二人の人生を全く救うことができなかった。

 

力なく座り、再度箸と牛丼を手に取る。

残った数口分をかき込もうと椀の中を見ると、不思議と肉とご飯の歩幅がピッタリ合っていた。

そのまま静かに食べきって席を立つ。

会計を済ませ店の外に出ると、初夏の日差しが眩しかった。

 

ふと振り返ると、ガラスに映った自分の姿がいつにもなく情けなかった。

それを見て僕は、なんとなく笑った。