「なんでボーマンダが飛べるか知ってる?」
学生時代、ポケモンにドハマりした時期があった。
当時の僕も、まさか自分が幼少期に遊んでいたゲームに高校生になって再びハマるとは思いもしなかった。
そのキッカケを作ったのが友人のKだった。
Kは純和風的なイケメンでありながら、アニメ・漫画・ゲーム・ラノベといった『いわゆるヲタク高校生の趣味』の範疇外にはとんと無関心な人間で、休日に会うと決まっていつも同じ服を着ていた。
髪型も季節による微妙な長短こそあれ、基本的には全く同じ無精に伸びたおかっぱ頭で、本来多感な時期にあるはずの高校生ながら、女子の目線など微塵も気にしているようには見えなかった。
また季節による髪の長短について聞いてみると、「秋冬は寒いから伸ばしてる」という実につまらない、それでいて誰よりもKらしい答えが返ってきた。
そんなKは昔からポケモンが好きで、毎日のように遊んでいた。
当時の僕は「全クリ後に何をそこまでやり込むことがあるのか?」と、端から見ていて不思議に思っていたが、ある日Kから「3値」と呼ばれるポケモンの基礎を教えてもらった事で、僕の考えは一変した。
Kいわく、ポケモンには「種族値」「個体値」「努力値」という3種類の数値の概念があるということだった。
平たく言えば
『種族値』…ポケモンごとに元々設定された能力値。動物にたとえるなら「チーターは足が速く、ゴリラは力が強い」といった各種族ごとの違い。
『個体値』…同じポケモンの中でも生まれつき異なる能力値。大雑把に言うと「才能」といったイメージ。「同じピカチュウでも、足の速い個体と遅い個体がいる」といった個別の違い。
『努力値』…生後の経験や努力によって伸ばせる能力値。プレイヤーの意向によって伸ばすステータスを任意に決められるため、同じポケモンでも様々な育て方が可能。この要素から「弱点である防御力を補うor防御力を捨てて長所の攻撃力に特化する」などの選択肢が生まれ、バトルに駆け引きを生む。
…といった感じ。
この説明を聞いた時、僕は初めてポケモンというゲームの奥深さに触れた気がし、ただストーリーをなぞる遊び方しかしていなかった幼少期を勿体なく思った。
こうして僕は当時Kが余らせていた「プラチナ」を借りて再度ポケモンの門を叩き、「3値」を理解した上で手塩にかけて育成したポケモンでパーティーを組み、毎日のようにKにバトルを挑んだ。
しかしKは強かった。
ロマン重視で無計画に好きなポケモンを繰り出した僕に対し、Kの選択は常に理に適っていて、ハイリスクな戦法を取ること自体が少なかった。
対して勢いだけの僕はいつも詰将棋の要領で追い詰められ、Kは勝利の山を築いた。
そんなある日、「どうにかKに勝ちたい」と思った僕は、当時の環境で無類の強さを誇っていた「厨ポケ」と呼ばれるポケモンを使用するようになった。
厨ポケ…中学生(厨房)が育ててもそれなりの勝率を誇るポケモン、または、極めて強力な能力値や技を持ち、対策をしていないと簡単に完封されてしまうようなポケモンのこと。
厨ポケはその時々の環境において頭一つ抜けた強さを誇る反面、人間同士の対戦において過度に使うと、ポケモンの醍醐味の一つである戦略の駆け引きを腕力だけで覆してしまうような危険さがあり、あくまでバトル中の読み合いによる緊張感を楽しみたい人達の中では、暗黙の了解的に使用が控えられる存在だった。
そんな厨ポケを使い始めた矢先、Kに対する僕の勝率は上がっていった。
しかし、そこには以前のような息をのむ緊張感や、勝利した時の達成感といった感覚はどこか欠けていた。
そんな僕に対し、Kには好んでほぼ毎回パーティーに入れるポケモンがいた。
それがボーマンダだった。
ボーマンダの属する「ドラゴン」というタイプは、当時の環境下において安定した強さを誇った。
そのため6匹のパーティーの中に少なくとも1匹はドラゴンタイプのポケモンを入れる、という選出パターンはごくごく一般的だった。
しかしこのボーマンダは当時の環境において、ドラゴンタイプの中でもあまり強い部類とは言えず、他のドラゴンポケモンと比べて、あえて選ぶ理由はあまりない存在だった。
しかしKは、何度負けてもボーマンダを使い続けた。
理論的で戦術に無駄のないKがこれだけは譲らず、頑なにボーマンダを使い続けた。
そのうち僕を含めKと対する時の友人たちは自然とボーマンダ対策を講じるようになり、Kのボーマンダは弱点である氷攻撃を何度も喰らい、毎日のように倒され続けた。
そのうち友人の1人が、
「Kもどうせドラゴン使うならボーマンダじゃなくてもっと強いの使えばいいじゃん!だいたいボーマンダって見た目もダサイしw羽根がイチョウみたいだしw」
と笑いながら言った。
そうからかわれる度に「うるせぇよ!w」とおどけて返しながら、その後もKは変わらずボーマンダを使い続けた。
そのうち僕も本当に不思議になり、2人でいる時に真剣なトーンで聞いてみた。
「なんでKはボーマンダを使うの?他のドラゴンじゃダメなの?」
するとKはこう返した。
『じゃあさ、なんでボーマンダが飛べるか知ってる?』
真面目にそう聞き返され僕が答えに詰まっていると、Kは誇らしげな笑顔でこう言った。
『”飛びたい”って願ったからだよ』
『だから俺はボーマンダが好きなんだ』
そう言ったKは、いつもより少し幼く見えた。
それと同時に、僕にはKのその少年のような笑顔がとても眩しく感じられた。
その後も周囲から徹底マークされたKのボーマンダは、日課のごとく弱点の氷攻撃を喰らっては無情にも倒れつづけたが、それでもKはずっとボーマンダを使い続けた。
それを見て僕は、厨ポケを使うのをやめた。