シングルボーイ下位時代

しょっぱいドルヲタが細々と喋ります

読むドルヲタ落語「死神」

overture(出囃子)

 

youtu.be

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(※元ネタ「死神」のあらすじ(※動画

 

酒に女に散財し、借金で首が回らなくなった男。

ついに妻子にも見捨てられ「こうなったら死のう」と首を吊る算段を立てる。

 

「しかしどうやればいいのか」

 

そう頭を抱えているとどこからか不気味な老人が現れ、「まだ死ぬな」と男に話しかける。

驚いた男が怪しんで素性を尋ねると「俺か?俺は死神だよ」と老人。

 

聞くと「お前にはまだ寿命がある。それより金儲けになるいい事を教えてやる。お前は医者になれ」と死神。

 

なんでも、大病で寝たきりの患者には人の目に見えない死神が付いており、その死神が枕元にいれば病人は寿命で助からない、ただし足元にいる場合は呪文を唱えて退散させることができる、とのこと。

 

「特別にお前にも死神が見えるようにしてやる。呪文は『アジャラモクレン キューライス テケレッツのパ』と唱えてから手を二つ打て。ただし、もし死神が枕元にいた場合は絶対に何もするなよ」

 

そう言うと死神はいなくなった。

その後、男は半信半疑ながら寝たきりの病人を探し訪ねてみると、たしかにその足元には死神が座っていた。

 

言われた通りに呪文を唱え手を二つ叩くと、足元にいた死神はすぐさま消え、途端に病人は飛び起きる様に元気になった。

こうして男は「街の名医」として時の人となり、方々で引っ張りだこ。

たちまちに財をなした。

 

しかしせっかく作った大金をまたも酒と女で使い切ってしまう男。

 

「なぁに、金ならまた医者やって儲ければいいさ」

 

そうケラケラ笑っていたのもつかの間。 

その後は思うように患者が来ない。

更にやっと来たと思っても枕元が続き、さすがの男も焦り始めた。

 

そんな時、ある大富豪からの依頼があり患者を訪ねてみるも死神はまた枕元。

男が諦めて帰ろうとすると、「治してもらえれば1万両差し上げます」と引き止められる。

ここで大金に目がくらんだ男。

病人の布団の四隅に男四人を配置し、死神がウトウトした隙にせーので持ち上げて布団を半回転。

死神が足元にきたところですかさず呪文を唱えると、驚いた死神は一瞬で消え去り、途端に病人は全快。

かくして大金を手にした男が夢心地で帰路を歩いていると、「なんであんなことをした」と最初に会った死神が再び現れた。

なんでも、男がルールを破ったせいで死神は制裁の憂き目にあったという。

 

「俺と一緒に来い」

 

そう言われ男が死神に連れられて入った洞窟の奥には、無数のろうそくが灯っていた。

聞くと、このろうそく一本一本は全て人間の寿命なのだという。

 

「おや、ここにずいぶん短いのがありますね」

「それはお前の寿命だ。」

「えっ…!?」

「今朝まではその隣にある長いろうそくがお前のだったが、金に目がくらんだお前はあの病人と寿命を換えたんだ。そのろうそくの火はもうすぐ消える。それが消えたらお前は死ぬよ。」

「そ、そんな…か、金なら全部お前にやるから!なんとかしてくれ!助けてくれ…頼むよ!」

 

男がそう懇願すると、死神は燃え残りのろうそくを手渡しながらこう言った。

 

「これに火を移し換えることができたら、それが新しい寿命になりお前は生き永らえる。ただし、失敗したら死ぬ。はやくしないと、消えるよ。」

 

男は慌てて火をつごうとするが、手が震えてうまくいかない。

 

「どうした?何を震えている?ほら早くしろ、消えると死ぬよ。消えるよ…消えるよ…ほうら、消えた。」

 

<読了目安→約20分程> 

 

 

(※この物語はフィクションです。諸々ご了承の上でお楽しみください)

 

え~、毎度いっぱいのお運びありがとうございます。

 

ご覧の通り久々のネタブログということで、えぇ、まぁ私自身、若干の緊張があることは否定できないのですが、何を期待したのかこんな駄エントリを開いていただき、地味に長い元ネタ解説も消化の上、今こうして私の文章を読んでくださるヒm…じゃなかった、心優しい皆様に厚く御礼を申し上げつつ、ご期待に沿えるよう、最後まで真面目にふざけられればと思う次第でございます。

 

 さて、推しは変えずに話は変わりますが、日本には元来、八百万の神がいるといわれております。

 

それこそ神羅万象多種多様、大から小まであらゆる事物に神仏が宿るとされております。

 

まぁとりわけドルヲタにとっての「神」といいますと、握手会での「神対応」なんてワードがメジャーかと思いますが、そんな「神対応」を受けるための架け橋になるのが、”特典券”と名付けられた小さな「紙」だってんだから皮肉が効いていますネ。

 

汗水垂らして稼いだ大枚を「神」に捧げて「紙」に換えるってんだから甲斐甲斐しいことこの上ありません。

その上いざ握手会行ったら行ったで、緊張で上手く話せず自分が「噛み様」になっちまうってんだから愛らしい。

 

思えば世の中が48に染まり始めた頃から、日ごと聞く機会が増えたように思うこの「神」という便利な言葉。

 

最近では神の使いを名乗るアイドルグループも出てきたということで、是非この停滞したアイドル業界にその名を轟かせ、退屈に慣れ切ったヲタク達を激情に駆り立てながら、綺羅星如く 輝いて欲しいと願うばかりでございます。あと渋谷ワンマン超楽しかったっす。

 

 しかしこうして書くと一見「ありがたさの象徴」のようにも思える神ですが、神は神でも出くわしたくない神もおります。

 

中でも「死神」なんてぇと、こりゃあんまりお付き合いしたくねぇ神様なもんで…

 

 

 

・・・

 

 

 

「認知は命より重い」

 

そんな間違った福本イズムを信条とする厄介ピンチケがここに一人。

その男、姓は略して名は下腹(ゲバラ)といった。

 

何を隠そうこの下腹、大を飛び越えdieが付くほどのアイドル好きであると同時に、三度の飯より認知を求めるステレオタイプのかまってちゃん。

 

昼夜問わないガチ恋リプと、あらゆる生活費を切り詰めた末の限界財力に物を言わせた地獄の接触鬼ループで、方々の推しメンに油汚れよりもしつこく過粘着するというブ◯ース・ウィリスも裸足で逃げ出す大ハードっぷり。

 

その上ろくに通っていない現場でも後から来て厚かましく最前に割り込んではガン開きの瞳孔で射貫くように推しを見つめながら野獣のようなコールと下手糞なフリコピで傍若無人に騒ぎ散らした挙句、ライブが終わるとレスや目線の多い少ないに分かりやすく病み落ち込み嘆きツイって一人勝手に心潰える生粋のメンヘラ厄介クソヲタクだった。

 

ことライブにおいては「最前0ズレ」を譲れぬモットーとする下腹だが、皮肉にもヲタクとしての自分のズレにはいつまでも気付く気配がなく、ネットを覗くと常にワニ〇ニパニックもビックリの散々な叩かれっぷり。

 

ただ当の本人はそんな事も露知らず「無邪気で無自覚で度を超えたハイパーポジティブ」というピンチケスキルの大三元をいいことに、嫌われヲタク界隈に日々ディープなインパクトを与え続け、一人いつまでもハルウララかな毎日を桜花しているのであった。

 

そんな下腹にとってもはやリフトサーフモッシュ女ヲタヲタなどは挨拶代わりのライフワークであり、「今後いつ新木場〇ーストに不法侵入しても不思議はないな」という周囲からの評価も至極妥当なものであった。

 

しかしそうして日々全方位厄介を続けるこの男にも、一つだけ大きな悩みがあった。

 

「あぁークソ!なんで俺が推すアイドルはすぐ居なくなるんだよ!」

 

そうこの男、『下腹が推すアイドルは絶対にすぐ辞める』と誰もに言わしめる呪われたヲタクであり、周囲が彼を『死神』と呼ぶまでそう時間はかからなかった。

 

まぁそもそも『素行が悪い下腹が通うことで現場が荒れ、客が減ってグループの雰囲気が悪くなり、結果として推しメンが辞める』という至極真っ当な流れこそあるものの、オツムの足りない自己顕示欲の塊魂な下腹にそんな小難しい理屈が分かるはずもない。

 

こうしていつしか界隈を超えて、どこのヲタクもこの下腹の動向に気を払うようになり、その誰もが(ウチの現場にだけは来ないでくれ…)と手を合わせ心から祈るのであった。

 

中には(下腹が自分の推しを推し始めた)という噂を聞いて、声を上げてその場に泣き崩れたヲタクもいたという。

 

しかし当の本人はそんな事を全く知る由もなく、今日も今日とて推しメンの卒業公演へと足を運んでいた。

 

最後のMCを聞きながら「なんで辞めちゃうんだよ〇〇ちゃぁん…」と半ベソかきながら言葉を漏らす下腹の周囲には、(いやお前の推し方が重すぎたから辞めたんだよ)という周囲のヲタからの無言の思念が漂っていたが、そんな空気を察する能力ももちろんこの下腹にはなかった。

 

そうしてイベントが終わり、また一つの別れを経てしょぼくれた足取りで帰り道を歩く下腹。

自然とやるせない気持ちになり、誰に言うでもない独り言の愚痴が止まらない。

 

「あぁ~チクショウチクショウ!なんだって俺の推すアイドルばっかすぐ辞めるんだ!!散々『一緒にもっといい景色見ようね』みたいな事言うから、こっちだって純粋に応援してあげたいと思ってライブ行って特典会行ってTwitterもインスタもShowroomもツイキャスLINE LIVEもAbemaTVもアメブロもLINE BLOGもはてなブログもCHEERZもyellもGroupyもmystaも全部見て聞いてコメして課金してるのに何ですぐいなくなるんだよ俺はもう何を信じればいいんだよぉ!!!(超早口)」

 

そんな荒々しい独り言の合間、一瞬だけ生まれた息継ぎの空白に「ピロ~ン♪」という間の抜けた通知音が鳴った。

何かと思い下腹が自分のスマホを見てみると、急上昇中のはてブロ記事のオススメ情報が届いたようだった。

 

「なになに…アイドルを辞めた推しメンに会いに大阪に行ってきた話ぃ?はぁ?ふざけんなよ!どーせ毎日西へ東へKSDD三昧の癖にこういう時だけ『自分は推しメンがアイドルを辞めてからもこうして甲斐甲斐しく会いに行く優しくて純粋なヲタクですよ~(作り声)』みたいな謎アピールしやがって!偶然マグレでまとめサイトに取り上げられて一時的にビュー数伸びたからって調子乗ってんじゃねえぞ!自分に都合のいい事ばっか小綺麗に書きやがって!大体このお涙頂戴ブログがバズってから確実にネタツイの切れ味落ちたどころか、笑いでふぁぼ稼げない時に置きにいった綺麗事ツイートして不足分の承認欲求満たす悪癖まで付けやがって!受けようがスベろうが正面から『ネタツイ師』を自称してネタに生きネタに死ぬヒリついた毎日を送っていたあの頃のお前はどこに消えたんだよ!?独身時代散々遊んでおきながら結婚した途端に愛妻家キャラになって純愛を語り始める俳優かお前は!感性も体型も日に日に丸くなりやがって恥を知れ恥を!」

 

と、ムシャクシャした気持ちを当てつけるように何故か某特定個人をボロクソに叩く独り言が止まらない。

ついにヲタクが最も発してはいけないあの言葉を口にする。

 

「あぁ~あ、推しメン辞めちゃうしレスも来ないし…もう今の現場他界しようかな…」

 

【本当に他界する奴は『他界しようかな』とか言わない】というありがたい先人のお言葉通り、内心まったくそんな決意のなかった下腹だが、そう言った瞬間どこからともなく小さな人影が現れ、天龍と本間を足して2で割ったような聞き取りづらい声でこう囁いた。

 

『他界するな…オメェにはまだ、ヲタクとしての寿命がある…』

 

「うわビックリした!なんだジイさん!?アンタ誰だ?」

 

『ワシか?ワシは死神だ…』

 

「し、死神って…あのオレンジ髪でセリフが棒読みの…?」

 

『違うわ!一護でもマカ棒でもない!『なんで実写版の白哉がMIY〇VIやねん』とか言うな!こちとら漢字時代からのファンじゃ!』

 

「いや別に後半のヤツは言ってねぇけどよ…ってか死神って〇IYAVIとか聞くのか…いやそんなんどうでもいいわ!それじゃアンタ…ホントに死神なのか?」

 

『あぁ。その証拠に今日はオメェにいい話を持ってきてやった』

 

「いい話?」

 

『オメェさっき、今の現場を他界するとか言ってたな』

 

「あ、あぁ…それがどうしたんだ」

 

『情けねぇからそういうことを安易に口にするんじゃねぇ…離れたい時に離れて来たい時に来りゃいいものを、推しに気に入られたいがたいがためだけに都合のいいこと言って、勝手に自分を縛るルールを増やして自滅しやがって。結果知り合いのヲタクに無駄な心配かける上に黒歴史ツイートが増えるだけだ』

 

「あぁ…考えてみりゃ確かにそうだな…でもよぉ、俺はもう耐えられねぇんだ。あれだけ毎日ライブも物販も通ってんのに最前にいても全然レス来なかったり、俺だけふぁぼもリプ返も干されたり、挙句にゃすぐ夢だ学業だ繋がり解雇だと理由つけて次々と推しメンが卒業して行っちまったりよぉ…なんで俺ばっかり報われねぇんだ」

 

『簡単なことさ。それはオメェがオメェのことしか考えてねぇからさ。見返りを求めたらそれはもう応援じゃねぇ』

 

「知った口でもっともらしいこと言いやがって…それに、だったら俺にどうしろってんだ…」

 

『簡単なことさ。オメェはドルヲタ専門のカウンセラーになれ』

 

「は?カウンセラー?」

 

『そうだ。ちょうど今のオメェみてぇにヲタ活が上手くいかなくて気持ちがクシャクシャになっちまってるヲタクを訪ねて、話を聞いて気持ちをスッと落ち着けてやるんだ。そんでもって、その報酬として金を貰うって流れだ。』

 

「いや道理は分かるけどよぉ、俺に相談役なんて無理だぜ?病んでるヲタクの話なんて2秒も聞いてらんねぇよ」 

 

 『まぁ話は最後まで聞け。大抵病んでるヲタクには人の目には見えねぇ死神が憑いてる。その死神が憑いてる事が、ヲタクとしての死期が近く他界間際であることの証明なんだが、ある呪文を唱えることでコイツを退散させられる』

 

「なんだいその呪文ってのは?」

 

『<アジャラモクレン イエッタイガファイボワイパー イマキタバッカリー>と言ってからパンケチャを二回打て』

 

「なるほどな。なんかリリイベに遅刻してしか聞けなかった〇コンヲタクみてぇだな」

 

『まぁ覚え方はなんでもいい。しかし3つだけ注意しとくことがある。

 

【その1】ライブ中にチェルノ(※中の液体をこぼすこと)すると危ないから、テンション上がってもサイリウムはあまり振り回すな

 

【その2】病んでるヲタクに憑いてる死神はケチャもしくは背面ケチャをしてるんだが、呪文で退散させられるのはケチャをしている死神だけだ。背面ケチャをしてる死神は完全にキマってて手に負えないから絶対に手を出すな。

 

【その3】ライブでサイリウムを振る時はチェルノ(※中の液体をこぼすこと)しないように周囲をよく見て注意しながら使え。

 

以上だ。分かったな?じゃあ試しに一回呪文を唱えてみろ』

 

「いや1つ目と3つ目同じじゃんか。う~ん、どうも胡散臭いな。まぁいいや、試しに一回くらい付き合ってやるよ…えぇと、なんだっけ?たしか<アジャラモクレン イエッタイガファイボワイパー イマキタバッカリー>パン!パン!…と、こんな感じか?おい死神さん、これでいいのか?…ってあれ、死神さん?おかしいなさっきまでそこにいたのに」

 

気付くと下腹が呪文を唱え終わった時には死神の姿はなかった。

こうしてろくに自分のメンタル調整もできない癖に「ドルヲタカウンセラー」という時代を先取りしたフリーランス職に就いた下腹。

 

その後「やってダメなら逃げりゃいい。物は試しだ」と半信半疑ながらカウンセラーを自称して病んでるヲタクをネットで募集してみると意外にもすぐ連絡があり、直接会って話す運びとなった。

 

当日、いざ合流場所に着くと確かに相談者と思しき人物の背後に死神が憑いていた。

そして周囲を見渡すとどうやらその死神は下腹にしか見えていない様子。

更に先の話で聞いた通り、死神は相談者の後ろでひたすら虚空にケチャを打っている。

 

その様は見るからに血気盛んでつけ入るスキがなかったため、下腹はひとまず相談者の話を聞き、呪文を唱える機会を待つことにした。

 

「あ、どうも下腹です。あなたがDMをくれた…」

 

『あ、はい、『白銀の騎士~パラレルオーディン~』です』

 

「うん長い。名前に”~~”←コレ入れちゃうと色々システムが複雑になるよ?まぁいつでもカードゲームに参戦できそうで心強いや。じゃあ、ひとまず今日は『ハクちゃん』と呼ばせて貰うよ。で、ハクちゃんの相談ってのは何だい?」

 

『はい…今行ってる現場で推しメンが2人から先に絞れなくて…本人たちにも『結局どっち推しなの?』って迫られてるんですが、全く結論を出せずにいたら優柔不断だと怒られて、どちらとも気まずくなっちゃって…』

 

「なるほどね。確かにそいつは面倒だが気持ちは分かるぞ。ヲタクはアイドルの良いとこ見つけることに関してはプロだからね。同じグループに好きな子が2人できちまうのも分かる。だけどよ、だからって無理に結論出さなくていいんじゃねぇか?たしか俺の知り合いにも全く同じ状況になってテンパった挙句、『春夏と秋冬に分けて交代で推すわ』なんて謎ルールを作ったヲタクがいたんだが、事もあろうに夏が終わって推しが切り替わった瞬間にレギュが上がって現場モチベが下がり、そこからほとんど接触行かないまま秋冬が終わった結果、両推しのバランスが崩れて今だかつてなく気まずい状況になってたな。いいか?世の中にはそんな情けねぇ奴もいるんだ。相手に多少言われたからって、変にカッコつけて無理に結論出すのは違うと思うぞ。素直に『今は2人とも同じくらい好きだから、これから単推しにならざるを得ないようなライブを見せてくれ』って両方に言って、それからじっくり自分の本心に向き合うってのも悪くねぇんじゃねえか?」

 

『なるほど、たしかにそれはそうですね!』

 

と、意外にも親身に相談に乗った下腹の言葉で、悩んでいたハクちゃんの気持ちは少し晴れたようだった。

すると、ハクちゃんの後ろにいる死神が一気に弱ったように見えたので、下腹はすかさず教えられたとおりに呪文を唱えた。

 

『<アジャラモクレン イエッタイガファイボワイパー イマキタバッカリー>パン!パン!』

 

その瞬間死神はうめき声を上げて消え去り、ハクちゃんの目には神々しいまでの光が宿った。

 

『あれ?なんだか一気に気持ちがスッとしました!ありがとうございます!これほんの少しですがお礼です!』

 

下腹が手渡された封筒を受け取ると、それは手に持っただけで相当な額であることが瞬時に分かった。

そしてハクちゃんは、清々しい笑顔でそのまま次の現場へと向かって行った。

 

 

こうして見事に大金を手に入れた下腹。

 

「なんだこの金額!?世の中にこんなにラクな商売はねぇな!それに俺、自分で思ってたよりよっぽど聞き上手だな!」

 

と一気に調子に乗り、更なる大金を得ようとネットで次の相談者を即募集。

 

そうして立て続けに何人もの悩めるヲタクを救っているうちにウワサがウワサを呼び、またたたく間に有名になった下腹。

 

その名前は各まとめサイトからナ〇リー、果てには吉〇豪の口からも頻繁に出るようになり、完全なる時の人として時代の耳目を集め、日々病んでるヲタクを救いつつ大金を稼ぐ生活が続いた。

 

「だけどどんなに大金稼いでも今そこまで熱持って応援してる推しメンもいねぇしな~、そこまで現場行きたい感じでもねぇしなぁ~」

 

と、言いながらも結局他に行くところがないのでなんやかんや現場に来ちまうのが一般的なヲタクの土日。 

 

時にガチマジ、時にneo tokyo、時にプリンセス…と毎週様々な現場に出向き、見事なまでのKSDDぶりを見せる下腹だが『もし好きになっても、自分が応援することでまたいなくなってしまうかもしれない』というトラウマから臆病になり、なかなか新たな推しメンには出会えないまま月日が過ぎた。 

 

「もう一生、熱心に応援できる推しメンには出会えないかもな…」

 

そんな哀愁を漂わせながら、ある日なんとなく見にきた無銭フェスで少しだけ気になった子がいたのでこれまたなんとなく個別握手に並んだ下腹。

 

下腹「こんにちは~」

アイドル『え、もしかして下腹さん!?』

「え、なんで知ってんの?」

『知ってるよ!この前ネットニュースに出てたもん!悩めるヲタクを救う天才カウンセラーヲタクだって!え~会えて嬉しいなぁ♪来てくれてありがとう♪』

「えwあwそれほどじゃないけどw」

『自分の事だけじゃなくて、他のヲタさんの楽しいヲタ活をサポートできるなんてすごいよ!ほんと尊敬する!』

「そんなことないよ、それに君だってライブで色んなヲタクを笑顔にしてるじゃん。やり方は違うけど同じことしてるだけだよ」 

『あ、そうだね!じゃあサポート仲間だね♡』

「そ、そうだね…///(ヲタクスマイル)」

スタッフ(お時間まもなくで~す)

『あ、また来てくれる?』

「うん、でも…俺が推すと…」

『知ってるよ。死神って言われてるんでしょ?私がアイドル辞めないでそのジンクス覆すから、よかったらこれから応援して?』

「う…うん!分かった!あの君、名前は?」

『私、押見忍子(おしみおしこ)!『忍子に推し込み惜しみなし!』って覚えてね♡』

「忍子ちゃん♡うん、わかった♡」

『またね♡(両手振り見送り)』

(お時間でーす)

 

・・・

 

【その日の帰路】

 

「あぁぁぁぁぁぁあぁぁああああ忍子しかぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」

 

やっぱりこうなった下腹。

たった数分の握手でサ〇ウのごはんより簡単かつホカホカに出来上がった。

 

帰り道では終始この某オクタゴン級の咆哮で街中を騒然とさせ、「世界よこれが限界だ」と言わんばかりにモチベのフルテンを振り切ったテンションで、初号機や山〇孝之を軽く凌駕する愛を世界の中心から叫び散らした。

 

その後カウンセラーで稼いだ金を全自動で忍子につぎ込んでいく機械と化した下腹は、

 

『ライブ中見えてたよ♡』

『私のことだけ見てて?♡』

『下腹さん来てくれるとライブ盛り上がるんだ♡』

『ブログコメ読んだよ!超嬉しかった♡』

 

などの接触教科書3ページ目にある基本技でいとも簡単にメンタルを極められる程には忍子に入れ込み、たった数か月ですっかり愛の奴隷となっていた。

 

「あぁ忍子ぉ…忍子ぉ…俺もう忍子なしじゃ生きてけないよ…やばいもう2日も会ってないムリ限界〇ぬ早く現場行かなきゃ…」

 

と、ヤクでも切れたようなテンションでのたうち回っていると、不意にあることに気付く。

 

「あれ?金って、もうこれだけしかなかったっけ?」

 

忍子に出会ってからというもの、先の事を考えず常に特典会の持ち時間いっぱいまでフルスパークで積み続けてきた下腹。

当然その持ち金は既に底をついていた。

 

「マージか、メンドくせぇけど久々にカウンセラーやんねぇとだな…」

 

そうして再度ネットでヲタクカウンセリングの募集をかける。

多少間は空いてしまったが、それまで順番待ちができるほどに人気だった下腹のカウンセリング。いくらなんでもそうすぐに人気が下火になることはない…などという下腹の思惑はスタバの新作のよく分かんねぇイチゴのヤツくらい甘かった。

 

数日待っても相談者はゼロ。

焦った下腹がエゴサをすると、(話題になった途端カウンセリングの回数がめっきり減ったし今までの相談者は全員サクラだったんじゃねぇの?)などという憶測が飛び交い、かつてのカルト的人気から一転、既に『ヲタクカウンセラー下腹』の名前は仁義なきインターネットの世界に転がる薄汚れたサンドバックの一つとなっていた。

 

「ってか”ヲタクカウンセラー”って何?w」

「あいつドヤ感出してくる割にツイートつまんないよねw」

「ってかブログ長すぎじゃない?暇人乙www」

 

等々…心無い書き込みも多数見られ、もはやかつての盛り上がりの面影すら残らない程に周囲からの評価は冷めきっていた。

 

こうしてなかなか相談の来ない日々に、下腹はイラ立ちを募らせた。

更にやっと依頼が来て相談者に会いに行くも、憑いている死神が背面ケチャで手出しできないことが続き、下腹のイライラはもはやピークに達していた。

 

「あぁチクショウ!!なんでまともな病みヲタクが来ねぇんだよ!どいつもコイツも背面ばっかだし、オマケにネットじゃアンチが好き勝手言いやがって!!あぁイラつく!!いや、だけどそんなことより…」

 

叫びながらスマホを取り出し、接触のログを遡る下腹。

気付くと最後に忍子に会ってから、すでに数か月が経過しようとしていた。

 

「あぁ一刻も早く忍子に会いに行かないと本当に認知切れるぞ…いま忍子のグループ人気出てきてヲタク増えてるし、やっといなくならない推しメンに会えたってのに今度はこっちがいなくなってんじゃねぇか…忍子の認知切れたら俺は…俺はもう…」

 

頭を抱え小刻みに震える下腹。

(いや普通に働いてヲタ活費稼げばいいじゃんw)みたいなネタブログの本質を真っ向から否定しかねない読者の声も、もはやその耳には届かない。

 

するとそこに一通のDMが届いた。

内容を確認すると、それは待ちに待ったカウンセリングの依頼。

しかもその送り主は、業界随一の天空レギュレーションでお馴染みの『意地のコンプライアンスガール』、通称『意地コン』の超絶金持ちTOからの物だった。

 

なには友あれ速攻で面会をセッティングする下腹。

初対面の挨拶もほどほどに、道玄坂はなの舞でオムそばをワケワケしながら早速本題を切り出した。

 

「改めてはじめまして、下腹です。えぇ~っと、たしかお名前は…」

 

『はい、『金色の騎士~ゴールドカードエクスプレス~』です』

 

「アレもしかして兄弟?まぁいいや。長いのも”~~”も慣れてるからスルーするよ。やっぱ金持ちだけあって名前も豪華だし適度にふざけてていいね。まぁとりあえず今日は『コンちゃん』って呼ぶよ。そんなことより本題なんだけどさ、相談ってなにかな?」

 

と言いながら横眼でチラっとコンちゃんの背後を確認すると、残念ながらそこには尋常じゃないテンションで背面ケチャを打つ死神の姿が。

 

ガックリ肩を落とす下腹にも構わず、コンちゃんは淡々と語り始めた。

 

『いやね…今僕が推してる子についてなんですけど、僕はその子を加入当初から推してて、それ以降現場も全通してるんですよ。常に最前列でライブ見てきたし、特典会に行かなかった日もありません。なのに…なのに…推しメンの奴、最近ついた若くてイケメンなヲタクにばっかりレス送るんですよ!それだけじゃない…リプ返もアイツだけ長文だし、アイツとの接触はいつも盛り上がってるし、そんな様子を傍から見てると俺…悔しくて…やりきれなくて…』

 

「あーそうですか。それはそれは。大変でしたねー」

 

死神が背面と分かるや否や帰りたいオーラを全身から放つ下腹。

もはやまともに話を聞く態度ではない。

 

「じゃあとりあえずもうその子はイケメンに譲って、他の推しメンを探せば…」

 

『そんなこと出来るわけないじゃないですか!!!!!(オクタゴン咆哮)』

 

「いやそんな言われたって…(痛った…鼓膜破けたんじゃねぇのコレ?)」

 

『あの子は…あの子は俺の青春なんです…。それに、俺はもうあの子の一番になんてなれなくていい…だからせめて…せめてもう一回、初対面の頃の素直な気持ちでまたあの子に会いに行きたいんです。こんな嫉妬にまみれた醜い顔で会いたくないんです。お願いします。俺のメンタルをどうにかしてください。もし叶えてくれたら…(耳打ち)億円払います』

 

「え?(耳打ち)億円?…マ?」

 

『…マ。』

 

少しイラっとくるドヤ顔で略語を返すコンちゃんの目には、揺るがない決意の炎が灯っていた。

ここで下腹は一気に思考を巡らせる。

 

「(いや確かに(耳打ち)億円は欲しいけど…でも死神が…アイツが背面じゃ何の手出しも…背面じゃ…背面じゃ…ん?)」

 

と、そこである閃きが脳裏を走る。

 

「(背面じゃダメなら、背面じゃなくせばいいんじゃ…?)」

 

天啓とも思しきアイデアを得て一気にテンションの上がった下腹は、まずは死神を弱めるために、会話を通して全力でコンちゃんを励ますよう努めた。

 

「いいかコンちゃん?いくら口では平等と言ったところでアイドルだって人間だ。ヲタクの美醜や老い若いで差別が出るのはしょうがない。しかしだ、美醜は置いとくにしても若さってのは万人に平等だ。いま各界隈のオッサンが満面の笑みで応援してるJKもJCもJSも〇歳児も、いつか必ずババアになる。そのイケメンだっていつか必ずオッサンになる。それにコンちゃんだって、かつてそのイケメンくらい若い時期があったはずだ。平等なんだ。だからそれは羨むものじゃない。子供は大人に憧れて、大人は若さに憧れる。いつだってないものねだりだ。だからそこで相手の持ってる物を羨むんじゃなくて、他の奴にできなくて、自分が推しメンに還元できるものは何かと考えるんだ。ヲタ活は他のヲタとの競争じゃない。常にレーンは一つだけ。スタートは自分で、ゴールは推しメンの笑顔だ。当然「ヲタ歴が長いから偉い」というわけじゃないが、長く活動するグループの現場を作ってきたのは間違いなく結成当初から応援してきた古参だし、そういう古参がいたからこそ現場が続いてそのグループが新規まで届く。それに新規は新規で、現場がマンネリ化しないよう新しい風を吹き込んでくれる。だから偉い・偉くないじゃなく、どちらも必要なんだ。自転車の両輪みたく、両方ないといけないんだ。だから、コンちゃんもそのイケメン新規の彼に敬意は示しても決して嫉妬なんかしちゃいけない。そもそも同じ子を推してる同志だ。一度話してみればいい。きっといい酒が飲めるはずだ。」

 

『うっ…うっ…』

 

3秒で適当に考えた下腹の演説にまんまと胸打たれたコンちゃんが静かに泣き始めた。

大粒の涙が卓上のレモンサワーに一滴、また一滴とこぼれていく。

 

「だからな。(推しメンにとって自分は必要ないんじゃないか?)なんて思わずに、ただ(会いたい)ってだけの気持ちで会いに行けばいんだよ。そこに新規も古参もイケメンも関係ない。接触の数秒だけは常に自分と相手、コンちゃんと推しメンだけの世界だ。」

 

と、捲し立てながら下腹が死神を見ると、コンちゃんのモチベ上昇に伴い苦しむようにうめき声を上げながらその動きは次第に鈍っていった。

 

『すいません…ちょっとトイレに…』

 

そうしてコンちゃんが席を立った瞬間、「しめた!」と思った下腹は反り返ったまま虫の息で背面ケチャを打つ死神の両肩を、リフトを壊す時のボ〇ズよろしくガシッと掴み、そのまま力づくで半回転。

 

そうして実力行使でムリヤリ死神を通常ケチャの体勢にした下腹はここだと言わんばかりに…

 

「<アジャラモクレン イエッタイガファイボワイパー イマキタバッカリー>パン!パン!(超早口)」

 

『ウギャアアアアアアア』

 

途端、下腹にしか聞こえない断末魔の叫びを上げながら死神は消え去った。

少ししてトイレから戻ってきたコンちゃんは、

 

『下腹さん聞いてください!!!なんだか僕、いきなり気持ちがスッキリした気がして…』

 

「みなまで言うな。そのスッキリがトイレによるものじゃないって事は分かってるよ。たしかにコンちゃんのメンタルを整えたのは俺だけど、俺はあくまでキッカケをつくっただけに過ぎない。コンちゃんが自分を乗り越えられたのはコンちゃん自身の力だし、なにより推しメンへの愛の力だ。」

 

『下腹さん…(泣)』

 

「だからな…ほら、そんな湿っぽい涙なんか拭いて、今夜は朝まで飲もうじゃないか!」

 

『下腹さん…ありがとうございます…それじゃこれ、忘れないうちに渡しておきますね。(耳打ち)億円の小切手です』

 

「スッ)…あ、うん、ありがとっ。あっ…あ~!ごめっ…そういえば今日ちょっと俺あの、この後用事あったんだわ…ごめん、だからちょっとあの~オレ、あの、先帰るね!」

 

『え?いやさっき朝まで飲もうって…』

 

「あ、ほんとゴメン、冷静に考えたらそろそろ終電だしやっぱ今日はヤバイかなって。じゃこれお金ここ置いとくから。うん。あ、さっきのたこわさキャンセルしといて。じゃあね!」

 

そう言って貰うもんだけ貰ってさっさと店を出た下腹。

久しぶりに弾むような足取りで道元坂を下る。 

 

「フゥ~!!!にしても俺はなんて天才なのかね!背面で手出しできなけりゃ肩持ってクルっと回して正面にしちまえばいいって、なんでもっと早く気付かなかったかねぇ。しかしここぞの大一番でそれに気づいてこうして大金手に入れる辺り、やっぱり俺ってツイてるね!あはは!あははははははは!」

 

『たしかにオメェにゃ憑いてるぞ』

 

「うわビックリした!なんだアンタか、脅かすんじゃねえよw」

 

下腹が声の方へ振り向くと、そこには最初に会ったあの死神が立っていた。

 

「いやそんなことより聞いてくれよ死神さんよ!俺ったらツイてるっていうか天才っていうかさ、さっきあそこの飲み屋で大金を…」

 

『全部見てたから分かっている。ったく…とんでもないことをしやがって…オメェちょっとこっちに来い』

 

「うん?なぁ~にイラついてんだよ死神さんw」

 

『いいから黙ってついて来い…』

 

「終電までには帰してくれよ?w」

 

そう言われ浮かれた下腹が死神に付いて行くと、次第に周囲は暗くなり、足元を確かめるのがやっとというほどに視界が悪くなってきた。

 

「おい死神さんよ…こりゃ一体、どこに向かってるんだ…?」

 

『じきに分かる…ほら着いた』

 

急な段差や坂道を恐る恐る進んで着いた暗い洞窟の中には、無数の細い光が見えた。

辺りには低く不気味な振動音も響いており、それまで浮かれていた下腹も、徐々に血の気が引いていった。

 

「おいなんだここ…まさか…この世の地獄なんて言うんじゃ…」

 

『いや、渋谷Gradだ』

 

「いや近場かよ!どうりで階段急だしトイレのドアが宙に浮いてると思ったわ、、、じゃあこの振動音は…」

 

『ああこれか、『SURVIVE』だ。昔から好きなんだ。』

 

「いやMIY〇VIかよ!!なんで死神の推し曲が『SURVIVE』なんだよ!SURVIVEさせる気ねぇだろ!、、、ってなんだこの光…ん?サイリウム?」

 

よく見るとすり鉢状の渋谷Grad内には無数の使い捨てサイリウムが立っており、色とりどりの光を放っていた。

 

『見えるか?このサイリウム一本一本はオメェらドルヲタの寿命だ。モチベの高いヲタクのサイは強く明るく光ってる。逆に、他界もしくはヲタ卒が近い病みヲタクのサイは光が今にも消えそうに弱々しいだろ?』

 

「ふ~ん、なるほどねぇ。ちなみにこのサイの色って、」

 

『無論、推しメンのイメージカラーだ』

 

「やっぱりね。じゃあマーブル色に光ってるのはKSDDってわけか。お、このサイリウムずいぶん明るく光ってるねぇ」

 

『それはオメェが最初にカウンセリングした白銀の~』

 

「あぁ、ハクちゃんな」

 

『そう、ハクちゃんのだ。アイツはあの後男らしく2人のうちの1人を推しメンに決め、二推しの子にも誠実にそれを伝えた結果、両方と以前より仲良くなり最高に上手くいっている。今は推しメンの生誕委員にも関わっているようで、天を突くほどの高モチベだ』

 

「なるほどねぇ、そいつぁ良かった。そりゃこんだけ見事なウルトラオレンジにもなるわけだ。お、その隣にあるコイツは、もう見てて悲しくなるほどに光が弱々しいねぇ、ホントに今にも消えそうだ」

 

『お、数ある中からそいつに気付くとは奇遇だな。そいつはオメェの寿命だ。』

 

「なるほどねぇ、こいつが俺の寿みょ…え!?死神さんいま何て言った?」

 

『だから、その今にも消えそうなサイが、ドルヲタとしてのオメェの寿命だ』

 

「いやっ、そ、そんなバカなwだ、だいいち最初に会ったあの時、「オメェにはまだ寿命がある」って言ったのは、死神さん、アンタじゃねぇか!?」

 

『だからオメェはバカなことをしたというんだ。いいかよく聞け?あれほど背面ケチャの死神には手を出すなと言ったのにオメェはそれを無視してまんまと大金をせしめた。オメェはあの時、あのTOと寿命を取り換えちまったのさ。見てみろ。その隣に強く光ってるサイリウムがあるだろう?それが今朝までのオメェの寿命さ。もっとも、取り換えちまった今はあのTOのだけどな。フ…フフ…ハーッハッハッハ』

 

「いや、そ、そんな…あっ!でも!でもよ!俺ァ見ての通りこうして体もピンピンしてるし、忍子…いや推しメンに会いたいっていうモチベも燃えるようにある。なんだい、一個も他界やヲタ卒なんてしそうな要素が見当たらねえじゃねぇかw」

 

『哀れだなぁ…オメェ、ヲタクの他界がそいつ自身のメンタルの問題だけで起こると思ってんのか?いいか?他界やヲタ卒の原因なんて挙げりゃキリねぇくらいいくらでもあるんだ。異動、転勤、結婚みてぇな生活環境の変化から、推しメンの活休、卒業、繋がり解雇と理由なんていくらでもある。仮にオメェにモチベと財力があったところで、空がなけりゃ鳥は飛べねえし、現場が無けりゃヲタクは積めねぇ。あとな、もし(そのサイリウムの光が消えてもまた新しい現場で他の推しを見つければいいや)なんて思ってるんなら甘いぞ。そのサイの光が消えるってことはオメェのヲタクとしての全ての寿命が終わるってことだ。今後いくら現場変えようが推し増ししようが、ヲタクやってる限りオメェには永遠に悲しい結末が待っている。要するにジョジョ5部で言うディアボロみたいになるってこったな』

 

「そ、そんな…なんで俺だけ…なんで…」

 

とうとう膝から崩れ落ち泣き出した下腹。

それを見下ろすように死神は続ける。

 

『最初に会った時も言ったじゃねぇか…オメェはオメェのことしか考えてねぇ。見返りを求める応援は応援じゃねぇってよ…。オメェは一度でも相手のことを思ってカウンセリングしたことがあったか?あのハクちゃんも、いままで治してきたヲタク達も、そんでさっきのTOも、一度でも金目当てじゃなく純粋に助けてやりてぇと思って話を聞いたことはあったか?』

 

「うっ…うぅ…」

 

『まぁいい…俺もそこまで鬼じゃねぇし、何も命まで盗ろうって話じゃねぇ。どれ、オメェに一つチャンスをやろう。その今にも消えそうなサイリウムを中身がこぼれないように…要するにチェルノしないように分解し、この新品のサイに移し替えてから更に新しい溶液を入れて混ぜ合わせろ。一滴もこぼさずに全ての工程をクリアして、無事新しいサイを光らせることができたらそれがそのまま寿命になり、オメェはヲタクとして生き永らえる。』

 

「てっ、てめぇ…さてはこの展開を見越してあんなに不自然な流れでチェルノの説明してやがったな!?」

 

『フフ…文章力のない筆者のせいであれだけ悪目立ちした伏線に、ここまで気づかないとは愚かな奴だ。どうだい?ワシはこのままオメェのサイがただ消えるのを見ててもいいが、一応移せるかやってみるかい?』

 

「う、うるせぇ!…貸せっ!」

 

『おうおう乱暴なこった。そんなに慌てるとこぼすぞ?こぼすと切れるぞ?認知が切れるぞ?』

 

「うるせぇ黙ってろ!!やっと忍子に会いに行ける金ができたってぇのによぉ…俺はこんな所じゃ終われねぇんだ…レスも目線も推されもふぁぼもリプ返も全部オレにだけくりゃあいいんだ…ちくしょう、見てろよ…あっ、垂れる…っ…あ…クソッ!チクショウ…目に汗が入りやがる…も、もうちょい…あとちょっと…これを、…こうしてっ…あっ、で…できた!」

 

『え?』

 

「や、やった!移せた!移せたぞ!どうだ死神!!!一滴もこぼさずに移せたし、新しいサイもこんなに力強く光ってらぁ!!!」

 

『え…マ?』

 

「マ!!!!」

 

途端、先ほどまで終始いやらしい笑みを浮かべていた死神の顔から、余裕の色が消えていった。

 

『いやー…おかしいな。これあの~、一応できない予定っていうか…あのー、そういう段取りになってたはずなんだけど…その移し替えだって、めっちゃ難しい設定になってたし、できるわけないと思って渡したんだけどなー…っていうか、ついでにぶっちゃけると、それ今度新しくヲタデビューする大学生用に預かってたヤツだからできれば返して欲し…』

 

「バカ言え!へっ、ざまぁ見やがれ!このサイは俺が一生肌身離さず保管するからよ!もうオメェみてぇな気味悪い奴には一生触らせねぇよ!そうと決まればもうこんな所に用はねぇ!あばよ!」

 

そう言って一目散に出口へと走り出す下腹。

 

『ま、待て!それを盗られたら俺は死神協会から怒られる…ッ!』

 

「知ったことか!いい気味だぜ!」

 

『せ、せめて1D代だけでも置いていけ…っ!!ヲタクとしてのマナーを守れっ!』

 

「ふん、どの道もう会う事もねぇだろうからな!冥途の土産にくれてやるか、ほらよっ」

 

(チャリーン)とカウンターに500円玉を放る下腹。

 

『待て!今のGradは1D代600円だ!もう100円置いてけ!待てっ!待て~!!!』

 

 

こうして夏フェスの現場回しで鍛えた自慢の脚力で、いとも簡単に死神を撒いた下腹。

まんまと盗った新しいサイは肌身離さず持ち歩き、今もそのポケットの中から力強い光を放っている。

 

 

・・・

 

 

後日、とうとう待ちに待った日がやってきた。

 

実に数か月ぶりに忍子に会うべくイベに来た下腹。

自己中全開で騒ぎ散らしたライブもそこそこに、ついにお待ちかねの特典会へ。

 

スタッフ(次の方どーぞー)

ゲ「忍子ぉぉおおおお」

忍『あぁ~下腹さぁ~ん、なんでずっと来てくれなかったの?他界しちゃったのかと思って私ずっと泣いてたんだよ?』

「ごめんな…ずっと会いたかったけど会いに来れない理由があって…ってそんなことより!」

『なに?』

「久々にきたらお客さんめっちゃ増えてるじゃん!やっぱ忍子はカワイイからなw俺が来てない間だって、実際そこまで寂しくなかったんじゃ…」

『そんなこと…ないよ…っ…』

「え、忍子、なに泣いてっ…!」

『私、下腹さんが来てくれるのずっと待ってたよ…こんなに応援してくれてる下腹さんのこと武道館に連れていって、『ほらね、下腹さんは死神じゃなかったでしょ?』って言うの、私の夢なんだよ?』

「お、忍子…」 

スタッフ(お時間まもなくでーす)

「忍子…ごめっ…俺…オレっ…」

『もう…しょうがないからぁ、この後ループしてくれたら許すっ♡』

「忍子ぉォぉおおおお♡♡♡」

スタッフ(お時間でーす)

 

こうしてまたも秒でテンションの極地に至った下腹。

ド〇リアさんより赤い顔で喜び勇んで再度列の最後尾へ付くと、ほどなくして再び下腹の番がやってきた。

 

スタッフ(じゃ次の方ここで特典券もらいまーす)

下「あ、はいはい。あれ、どこしまったっけな…」

 

ゴソゴソ…ポロっ…パシャ

 

「ん?」

 

見ると、下腹がポケットから券を取り出した拍子に、使い古しのサイリウムを落としたようだった。

 

そのサイリウムは締まりが緩かったのか、床に落ちた衝撃でキャップの部分が外れ、中から液体がこぼれてしまっていた。

 

「(あれ?このサイリウム…なんだっけ?)」

 

元々オツムもアイコンも鳥頭な下腹。 

自分が落としたサイがなぜポケットに入っていたかなど既にスッカリ忘れていたし、最愛の忍子を前にして、今はそれどころじゃなかった。

 

「あ、すいません!」

 

スタッフ(あ、大丈夫ですよ。こっちで掃除しとくんで)

 

「申し訳ないです、、、じゃ、お言葉に甘えてw」

 

 

そうスタッフに軽く会釈をしたのち、券を渡してから愛しの忍子の前へ。

 

「忍子~♡さっきの話のつづきなんだけどさ~♡」

 

そう浮かれた調子で話しかける下腹を見つめながら、潤んだ瞳と優しい笑みを浮かべつつ、忍子は真っ直ぐこう言った。

 

 

 

 

 

 

『はじめまして!』

 

 【終】

 

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